最近本当に少年と呼ばれる人たちの凶悪犯罪が増えて、その度に尾崎豊のことがマスコミで取り上げられることも多くなりました。というのは、そうした犯罪を犯す少年の心理状態を理解できないという見地から、同世代で自分の深層心理を表現しようとして若者から支持された尾崎を引き合いに出していると思われます。それと、犯罪そのものは憎むべきですが、そうした精神状態に追い込まれていった若者には、どこか同情すべき部分があったのではないか、不可抗力のような抑圧があったのではないか、大人や社会がケアできたんじゃないか、というような反省や苦慮を、大人や社会が感じるわけです。それで15年ほど前に、あれほど当時のティーンエイジャーから圧倒的に支持された尾崎豊とは何だったのかという検証が始まっているのではないかと思います。彼の音楽は自分探しの内省的な歌が多く、それゆえに内向性のある悩める若者には特に支持されてきました。純粋に音楽としての楽しみ方だけではなく、自分の人生観を映し出す鏡としての役割も担っているような気がします。犯罪にいたってしまうまでの心の葛藤の過程で、尾崎豊の音楽が果たせることはそう多くはないかと思いますが、ぜひ彼の音楽が新しいティーンエイジャーに浸透していくことを願ってやみません。

2000.7.14